詩季織々
失われた時を求めて
みてきてしまった。
こういうことをしてたわけです pic.twitter.com/Mp87tqL7qX
— 何者にもなれない (@515hikaru) 2018年8月12日
それはきっと繊細で、美しくて、いい感じの映画だろうと雑に期待をもっていった。詳細な期待ではない。
というか、映画の見方なんてもう忘れてしまった。自分は今まで映画をみるときに何をしていただろうか、何を求めていただろうか。そんなことはどこか遠くへ追いやってしまったかのようにぼんやりと、おぼろげなものになってしまっていた。
短編集
この作品は3つの短編からなる。
- 陽だまりの朝食
- 小さなファッションショー
- 上海恋
それぞれ、軽く感想を述べていきたい。
陽だまりの朝食
正直青春も感傷もへったくれもなくて、ただ食レポが続く冒頭にゲラゲラ笑ってしまった。ビーフンがうまいのはわかったが、なんというか、きくらげの存在感を熱弁されてもわたしには笑いしかもたらされなかった。
話もそんなに深いことはない。ただ、自分が馴染んだ味、馴染んだ景色が大人の事情とかに押し流されて自分の前から去っていってしまう話だ。
それがどんなに悲しいことか、少しだけ推し量ることができる。思い出の味、思い出の香り、思い出の曲というのが失われたときの人生への影響はそのものの作者が思うよりもでかいだろう。しかし、別に主人公に共感する要素も特にないし、名前さえ忘れてしまった。
その程度の話だ。
小さなファッションショー
姉妹の話だ。
モデルとして活躍する姉と、服飾の専門(?)学校に通う妹。タイプは違うけど、それぞれ自分にできることをやっていく話。最後に姉の視点から妹の視点に移ったのが好き。
親しき仲にも礼儀あり、という言葉を少し思い出した。
上海恋
ひょんなすれ違いで失った青春の話。ひょんなきっかけで、すれちがいに気づく男の話。
もしも、もしも、伝えそびれていることがあるのなら。あなたの声に、続きがあるのなら。そんな淡い希望を、一瞬でも抱いてしまうような話だった。
わたしの過去にはそんなドラマはない。残念ながら。
終わった時、ふと自分の未来を思った。もしも、あの人がわたしのことを覚えてくれていたら――
いや考えないことにしよう。
エンディング
ここまできて、 1人の話、2人の話、3人の話と人数が増えていることに気づいた。
それぞれ、紆余曲折の過去があれど、前を向いて広い世界を見ている。そこには飛行機から見えるちっぽけな景色じゃなく、道も障害もない青空が。
そんな幸せを、享受できるなんて羨ましいよなぁなんて、21世紀の矮小国家に生きるわたしは思ってしまった。
終わりに
最初にビーフンの味の解説が始まった時は、食レポアニメを見に来たわけではないのだけどと苦笑いをしてしまった。しかし、この映画は食レポアニメではない。
そこにおいてきた青春を、そこで失ってしまった青春を。彼らは取り戻したり、あるいは取り戻せなくても改めて立ち直って前を向き直したりする。
そうした姿を、僕はよいものだと思いたい。
たとえ自分にはできないことだとしても、前を向いて歩む人たちを。かつてのわだかまりを取り払って、切り開いた未来へと進む人たちを、応援できるようになりたい。
明日も見えないような生き方をしている若者は、そう思った。